【後編】ウィズコロナ時代、企業のための最新メディアリテラシー

デマやフェイクニュースは、社会情勢が不安定な時に拡散する。悪意はなくても、自社の従業員がデマ拡散に加担してしまうこともあるだろう。
後編では、企業はどのように対策を行っていくべきか、具体的に説明したい。

前編 なぜデマは広まる?企業のリスク

「マスメディア批判」から「コンテンツ検証」へ

日本における従来のメディアリテラシー教育は、「マスメディア批判」に重きが置かれていた。テレビ、新聞等のマスメディアが伝える情報が意図をもって作られたものであり、それがいかに編集されたものであるかを知らしめる教育だった。

しかし、メディアの情報を批判的にとらえることに重きを置き過ぎた教育やいわゆる“マスゴミ批判”は、過度のメディア不信、既存体制不信と結びついてしまうことが指摘されている。13) また、メディアが報道しない事実を伝えると謳うデマへの信頼度を増すことにもつながりかねないと、懸念を示す研究者もいる。13)

デマやフェイクニュースが蔓延するいま、教育の現場においても「マスメディア批判」ではなく、ニュースコンテンツを事実に基づいて検証する「コンテンツ検証」へとメディアリテラシー教育の手法へと変わりつつある。

企業で取り入れることが可能な、最新のメディアリテラシー教育を紹介したい。

【1】ファクトチェック教育

最新のメディアリテラシー教育では、ジャーナリストが実際に記事を書く際に用いる「ファクトチェック(事実検証)」のスキルを取り入れ、ニュースコンテンツが信頼できる情報か否かを見分ける力を身に着ける教育に重きが置かれている。

実際に米国の大学において、ジャーナリストなどが「ファクトチェック」を行う際に使う重要なスキルを取り入れて授業を行ったところ、学生のメディアリテラシーが大きく向上したのである。13)

ここでは、「ファクトチェック」に用いられる3つ簡単な方法14)をご紹介する。

■デマやフェイクニュースを見抜く、ファクトチェックの3ステップ

STEP①:情報の発信者を知る(Who is behind the information?)

最初に、情報の「発信者」を特定する。発信者やその素性が明らかでない場合は、その情報は信頼に値するとは言えない。
情報の発信者が特定されている場合には、その個人、団体や企業についてインターネット上でリサーチを行う。特定の個人や団体が情報発信者である場合、個人や団体の背後に実際の運営主体である企業がいないか、もしくはその団体がある特定の企業から資金提供を受けていないか等の情報を見ていく必要がある。その情報により、誰か特定の人や企業が得をしていないか、といった視点で情報を見ていくことが重要である。

STEP②:情報の根拠を探す(What is the evidence?)

つぎに、情報の内容を証明する「根拠(エビデンス)」が存在しているかを検証する。情報を証明する写真や音声等が存在するのか、確認することが重要である。情報に特定の個人名や企業名が掲載されている場合には、本人から直接情報が発信されているか確認する必要もある。

★写真には要注意!
フェイクニュースやデマでは、過去の「実際の写真」が全く異なった情報の「証拠」として転用されていることもある。合成された写真ではないか、また既存の写真が別の情報の根拠として転用されていないかなど、検索エンジンの画像検索機能を活用して確認する必要がある。

 

STEP③:別の情報源を確認する(What do other sources say?)

最後に、別の情報源(ニュースサイト等)から同じような情報がでているか確認する。大きなニュースや多くの人に影響する情報であれば、多くのニュースサイトが報じているべきである。それぞれの情報源で情報が異なっていないか確認することも重要である。

≪実際にあったデマの事例≫
  • 医療関係の友人から聞いたのですが、新型コロナウイルスは熱に弱く、お湯を飲むと予防に効果があるそうです」
    ⇒伝聞形式のデマ情報には注意したい。発信者名が特定されない情報は信頼してはいけない。
  • ○○病院(実在する病院名)の看護師によると、新型コロナウイルスは熱に弱く、お湯を飲むと予防に効果があるそうです」
    ⇒実際に存在する病院名が記載されていたデマも存在した。そういったデマに遭遇した際は、本人や企業、団体から直接情報が発信されているか、まずはホームページ等を確認して欲しい。
    (※電話によるデマの問い合わせにより業務に支障が出てしまった病院もあった。オンラインやHP上で確かな情報が確認されていない場合にはデマである可能性が高いと思った方がよいだろう。)

 

従業員がデマの拡散者とならないために、企業において「ファクトチェック教育」を行っていくことが有用な手段であると考える。企業の人事労務担当者もしくは広報担当者がファクトチェックスキルを身に着け、社内で共有していくことも可能であろう。ファクトチェックに関する外部の専門家によるプログラムやセミナーを利用することも一つの方法である。

また、ファクトチェック機関から提供される情報も活用して欲しい。新型コロナウイルス感染症関連の特設サイトも展開されているので、ぜひ確認してほしい。

【日本の代表的なファクトチェック機関】
特定非営利活動法人ファクトチェック・イニシアティブ(通称:FIJ)

 

【2】SNS情報収集・発信リテラシー教育

もう一つ、企業が力を入れるべきメディアリテラシー教育がある。SNSでの情報収集や発信に関するリテラシー教育である。企業によっては、コンプライアンス研修の一環で従業員にSNSに関する教育を行っている企業もあるだろう。しかし、従業員が間違った情報に基づいて安易に情報を発信することも、企業のブランドイメージの棄損につながりかねない。SNSでの情報収集と発信時に、リスクを防ぐための『コンテンツ検証』のポイントをいくつかお伝えしたい。

■SNS上で気を付けたい、4つの「り」

①煽「り」

SNS上では、読者を「煽る」ようなコンテンツのタイトルが拡散されることが多い。しかし、思わずクリックしたくなるようなインパクトのあるタイトルほど、コンテンツの中身は全く異なることが大半である。しかし、内容とは異なるタイトルだけが読まれ一人歩きしていく。
誤った情報を拡散させないために、読者を煽るようないわゆる「釣りタイトル」のついた情報をSNSで発信することは避けたほうがよいだろう。

②怒「り」

「怒り」や「悲しみ」等の感情を伴った情報はSNS上で拡散されやすい。しかし、こういった感情を伴った情報は、社会的な危機時に人々の不安を増大させ、デマが拡散されやすい環境を作ってしまうことにもつながる。怒りのようなネガティブな感情を含む情報をSNSで発信をする際には注意深く内容を判断するがある。
また、感情は人間の情報認知をゆがめてしまうことがある。したがって、怒りを感じている時は正しい判断ができないことも多いだろう。自身が感情的になっている時は、SNS上で情報発信する前に一度思いとどまってみて欲しい。

③言い切「り」

社会情勢が不安定な状況では、不安や疑問を解決してくれるような「言い切り」表現に安心を求めてしまうことも多い。しかし、断定表現を伴う情報に出会った際は、情報の真偽を冷静に判断して欲しい。
特に医療や健康に関する情報で、“これだけで○○できる!”“絶対に○○が治る!”こんな表現に出会ったときは、注意して欲しい。特に新型コロナウイルス感染症については解明されていないことが多くあり、言い切ることのできる情報は限られているはずではないだろうか。
SNSで断定表現を伴う情報を発信する際には、細心の注意を払って欲しい。

④独りよが「り」

誰か「ひとり」の個人的な体験やエピソードに基づいた情報は、まず客観的な証拠があるかどうか調べて欲しい。個人のエピソードは、人間の感情に訴えるため、多くの人に情報を届ける際に有効な手段であるとされている。しかし、拡散のために意図的に作られた偽のエピソードである可能性もある。
特に、医療や健康に関する情報は、一人の人には当てはまっても、他の多くの人には当てはまらない場合も多い。例えば、新型コロナウイルス感染症に関しても、ある人は効果を奏した治療が他の人には効果を奏さないということもあった。
SNSで情報発信する際も、自分だけの体験や感想は、本当に発信すべき情報であるかどうか、慎重に考えてみて欲しい。

コロナ禍の不安な状況で、SNSを通じて状況や感情といった情報を誰かと共有することはストレスに対処するための人間の自然な行動であると言える。しかし、危機時の安易な情報発信は人々の不安をより増大させ、デマの拡散にもつながる。SNSで情報発信する際は、上記の「4り(シリ)」を参考に判断してほしい。

 

【3】「専門家オピニオン」リテラシー教育

新型コロナウイルス感染症の報道時に、ある特定の「専門家」と呼ばれるゲストが繰り返し登場するのを見た人も多いだろう。専門家から発信された情報は“権威付け”された情報でもあるため、信用されやすい。

昨今は、新型コロナウイルス感染症のみにとどまらず、SNSを通じた医師、研究者等の専門家による情報発信が盛んになっている。専門家における根拠(エビデンス)とは研究結果をまとめた「論文」である。ある論文の内容が精査され、正式に学会誌等に掲載されることで正式な根拠として確立されたことになる。しかし専門知識を持たない人が、その「根拠」が正しいかどうか即時に判断することが難しい場合もある。

多様な専門家の意見に対して、従業員、そして企業はどのように向き合っていくべきか。専門家の意見を見極める時に大切な3つのポイントがある。

■専門家オピニオンを見極める、3つのポイント

POINT①:専門家の専門分野を知る

最初に、「専門家」と言われる人が何の専門家であるかを確認して欲しい。
一口に料理の専門家といっても、日本料理、中華料理、イタリアン、フレンチと様々である。医療の世界でも同じである。例えば、皮膚の病気に関する情報は皮膚科に訊くべきであるし、耳や鼻の病気に関する情報は耳鼻科の医師に訊くべきである。専門外の情報を発信していた場合には、信じるべき情報であるかどうか、今一度考えてみて欲しい。

POINT②:複数の専門家の意見に触れる

次に、異なる専門家の意見にも触れてみて欲しい。
企業においても、一つの側面からだけではなく営業、製造、財務等、様々な観点の意見を踏まえて、最終的な判断をするだろう。新型コロナウイルス感染症に関しては、同じ医療の中でも「感染症の専門家」、「ウイルスの専門家」、「公衆衛生の専門家」等、専門分野によって意見が異なることもある。また、医学だけではなく、経済学や社会学等、様々分野の専門家の意見に耳を傾けることも重要ではないだろうか。

POINT③:最新の情報に触れる

最後に、必ず最新の意見を確認することを心掛けてほしい。
新型コロナウイルス感染症のみにとどまらず、医療の情報は常にアップデートされていく。新たな根拠が現れると、同じ専門家の意見であっても昨日と今日で変わることもある。

★拠り所は「公的機関」

コロナ禍では多くの専門家が異なる意見を発信している。不安を感じてしまう人も多かったのではないだろうか。専門家の意見に混乱してしまった時は、公的機関の情報に立ち返ってみて欲しい。なぜなら公的機関の情報は、多くの専門家による判断を経て、複数の専門家が合意に至った見解だからである。

 

危機時の社内リスクコミュニケーションは、“公的機関”の情報を基本に

社会的な危機時、企業の信用やブランドが棄損される事態を引き起こさないために、企業は従業員に対してどのようなコミュニケーションを取っていくべきか。

まず、社内での情報周知の際には公的機関による情報に基づいた発信を基本として欲しい。危機時のコミュニケーションにおいては「ワンボイス」で、分かりやすくメッセージを伝えることが重要とされている。

また、デマ訂正の際には、前述したように公的機関からの情報発信が有用であることが明らかになっている。社内でデマを見聞きした際は、迅速に公的機関からの情報を提示して、デマを訂正することが効果的だろう。新型コロナウイルス感染症に関する公的機関の情報とは、具体的には国や厚生労働省の情報である。また各自治体からの情報もぜひ積極的に活用して欲しい。地域に特化した情報は受け取り手が身近に感じるため、有用である。公的機関から情報が提示されていないような場合には、先に述べたような「ファクトチェック機関」が提示している情報も活用して欲しい。

デマ訂正の際に重要な点は、デマを信じる人に対する非難を行わないことである。デマを信じている人は、今の状況に不安や恐怖を感じているのである。その不安を理解した上で、公的機関の情報を提示することが重要だ。デマを強く信じている人に対しては、相手の不安に寄り添い、相手の気持ちを傾聴しながら「対話」の中で、リスクを最小限にとどめるための「合意点」を見つけることを試みて欲しい。

まとめ

デマやフェイクニュースが氾濫するいま、「情報を見極める力」、そして「正しい情報を選び伝えていく力」を従業員が身に着けていくことで、企業のブランド棄損につながるようなリスク回避にもつながる。ここで紹介したノウハウをビジネスにおける様々な場面で活かして欲しい。

(※本稿は、月刊人事労務2020年10月号への寄稿内容を一部改変し掲載しています。)

 

執筆者
岩谷 綾子

(株)ストーリーズ・オン 取締役
(株)ストーリーズ・オン・ヘルスケア マネージングディレクター
(一社)メディカルジャーナリズム勉強会 理事 兼 事務局長

東京外国語大学を経て、米テンプル大学卒業後、独立系PR会社に入社。製薬企業を始めとするヘルスケア関連企業、その他企業の製品広報、企業広報、危機管理等、多岐に亘る業務にてディレクターおよびマネージャーを務めた後、2018年より株式会社ストーリーズ・オンの創立メンバーとして立ち上げに参画。がん、感染症、免疫疾患、希少疾患等、様々な疾患領域における広報・PR戦略の策定および実施を多数経験している。

 

参考資料
1) 総務省「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」(2020)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000693280.pdf
2) 米子医療生活協同組合ホームページ(2020)
3) Allport, G. W. & Postman, L (1947):The psychology of rumor, New York: Henry Holt=南 博(訳)『デマの心理学』岩波書店(1952)
4) Kimmel, A. J. & Keefer, R. (1991). Psychological correlates of the transmission and acceptance of rumors about AIDS. Journal of Applied Social Psychology, 21(19),1608-1628.
5) デロイト トーマツ コンサルティング『1世紀で150万倍に増大した情報伝達力~情報の急速な伝染「インフォデミック」とは』(2020)  https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/articles/cbs/information-epidemic.html
6) Soroush Vosoughi, Deb Roy and Sinan Aral (2018):The spread of true and false news online. Science 359 (6380), 1146-1151
7) 竹中一平(2007) 『伝達形態別にみたうわさの伝達に影響する要因』日本学術振興会・筑波大学
8) 濱岡 豊, 菊森 真衣, 魏 敏, 林 艶葒, 朱 彦(2013):『東日本大震災時におけるTwitter上での流言の発生, 伝播, 消滅プロセスⅠ』, 慶應義塾大学出版, 三田学研究, Wol.55, No.6(2013.2), p.89-120
9) 日本経済新聞, 2020年4月5日「『デマ退治』」が不安増幅 買い占め騒動ツイッター分析」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57686970V00C20A4SHA000/?n_cid=DSREA001
10) Leticia Bode and Emily K. Vraga, The Washington Post, May 7, 2020, Americans are fighting coronavirus misinformation on social media
https://www.washingtonpost.com/politics/2020/05/07/americans-are-fighting-coronavirus-misinformation-social-media/
11) Leticia Bode and Emily K. Vraga (2018):See Something, Say Something: Correction of Global Health Misinformation on Social Media, Health Communication, 33:9,1131-1140, DOI: 10.1080/10410236.2017.1331312
12) Emily K. Vraga & Leticia Bode (2018) I do not believe you: how providing a source corrects health misperceptions across social media platforms, Information, Communication& Society, 21:10, 1337-1353, DOI: 10.1080/1369118X.2017.1313883
13) 耳塚 佳代(2020):「『フェイクニュース』時代におけるメディアリテラシー教育のあり方」
14) Media Wise, A DIGITAL MEDIA LITERACY PROJECT OF THE POYNTER INSTITUTE. Easy Ways to Fact Check Information Online, The List Show TV