【前編】ウィズコロナ時代、企業のための最新メディアリテラシー

新型コロナウイルス感染症の感染拡大とともに、多くのデマやフェイクニュースが瞬く間に拡散した。2020年2月、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は「我々はインフォデミックによる困難に直面している」と警鐘を鳴らした。
デマやフェイクニュースは従業員の生活に影響を与えるのみではなく、時には企業イメージを棄損する可能性もある。企業はいま、「インフォデミック」に対してどのように対策をとるべきなのか?
前編ではまず、デマの背景にある人間の心理やデマ拡散の特性を考えていく。

コロナ禍で生まれた「デマ」と企業が抱えるリスク

新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、インターネット上やSNS上で様々なデマが拡散した。

総務省が2020年6月に発表した調査結果によると、新型コロナウイルス感染症に関するフェイクニュースやデマに接触した人は調査対象者全体の72%であった。また、フェイクニュースやデマを信じてしまった又はその情報の真偽を確かめなかった人のうち、該当情報を拡散してしまった人は35%以上にものぼった。1)

2020年3月、鳥取県の米子医療生活協同組合が、職員がSNS上で「新型コロナウイルス感染症によりトイレットペーパーが品薄になる」というデマを発信したとして、謝罪文を掲載したことは記憶に新しい。2)

デマやフェイクニュースに関連するリスクを、企業はどのようにして管理することができるか。デマはなぜ生まれ、そして拡がっていくのか、その背景にある人間の心理やデマの特性を理解した上で、対策について考えていきたい。

「デマ」はなぜ生まれるか

社会情勢が不安定な状況では、様々なデマが生まれる。総務省がリストアップした新型コロナウイルス感染症に関するデマのみでも、17ものデマがあった1)

新型コロナウイルスに関連したデマは、以下のように3つに分類することもできるだろう。

  • 「恐怖流言」(不安や恐怖を反映したデマ)
    例)「マスクの大量生産によりトイレットペーパーが不足する」
  • 「願望流言」(希望的観測や潜在的願望を反映したデマ)
    例)「こまめに⽔を飲むと新型コロナウイルス予防に効果がある」
  • 「分裂流言」(他者への敵意や偏見を反映したデマ)
    例)「新型コロナウイルスについて、中国が「⽇本肺炎」という呼称を広めようとしている」

社会情勢が不安定な状況で、人々はデマによって不安や恐怖から逃れようとしているとも言える。例えば、生活必需品であるトイレットペーパーがなくなるという現象は、実際に人々が体験した「恐怖」である。未知の感染症により社会が混乱に陥る中で、また同じような恐怖が起こるかもしれない、そう考えるのは人間の自然な心理であろう。

なぜ人は「デマ」を信じてしまうのか

人間の判断と意思決定は決して合理的ではない。無意識の先入観(バイアス)で情報を取捨選択し、偏った判断をしているのである。その先入観を心理学用語では「認知バイアス」と呼ぶ。

認知バイアスの一つに、自分の考えや価値観に合致する情報ばかりを集めてしまう「確証バイアス」がある。「こまめに⽔を飲むと新型コロナウイルス予防に効果がある」と信じた人は、その情報を真実であると思わせてくれる情報ばかりを無意識のうちに集めてしまっていたのだろう。

またインターネット上では、自分の考え方や価値観の泡(バブル)の中に孤立する「フィルターバブル」という情報環境に陥りやすい。検索エンジンやSNSの仕組みによって、自分の興味関心事以外の情報や異なる価値観の情報が後回しにされてしまうからだ。例えば、YouTube上で一度ある動画を閲覧すると、似た動画がおすすめの動画として何度もあがってくるということを経験したことはないだろうか。

拡散しやすい「デマ」の特徴

コロナ禍において、人々は情報を求め、結果として多くの情報に触れることとなった。デマの事実確認をする過程やデマを否定する過程でも、デマは拡散されていったと考えられる。

では、拡散されやすい情報はどのような情報なのだろうか?デマなどの「うわさ」に関する研究では、「重要さ」と「曖昧さ」に比例して、うわさの拡散量が増えていくと言われている。3)また「不安」を喚起するうわさは拡散されやすいという研究結果もある。4)

「デマ」は「真実」の6倍の速さで拡散する

情報拡散のスピードはSNSの普及により一段と速まっている。デロイトトーマツコンサルティングの試算では、2020年の情報拡散のスピードは、SARS(急性呼吸器症候群)が流行した2003年の68倍、スペイン風邪が流行した1918年~1920年と比べると150万倍にもなっている。5)

そしてSNS上では、「真実」よりも「デマ」が早く拡散されてしまうのである。マサチューセッツ工科大学が行った研究によると、SNS上でデマは真実の6倍のスピードで拡散されていた。6)

なぜ真実は拡散されないのか?うわさに関する研究では「面白さ」が拡散に間接的に影響を与えるとされている。7) 真実は、「曖昧さ」や「面白さ」といった拡散されるための要素が少ない。一方で、いわゆる都市伝説や陰謀論といった人々の会話のネタになるような情報は拡散されやすいのである。

デマを「信じる」≠「拡散する」

では、デマを信じた人が、デマを拡散しているのだろうか?

総務省の調査結果1)では、「信じた人が多いデマ」と、「見聞きした人が多いデマ」は異なっている。

東日本大震災時、「コスモ石油の爆発により有害物質を含んだ雨が降る」というデマがSNS上で広く拡散された。このデマの発生、拡散、消滅の過程を分析した研究によると、デマの最初の投稿者は一般のSNSユーザーであった。その情報は徐々に、疑問を呈したりする過程でも拡散をしていった。同研究では、デマの投稿よりも「デマを訂正する投稿」の方が多かったことが明らかになっている。8)デマの「訂正」がデマ拡散に拍車をかけたことが推察される。

なぜ、トイレットペーパーはなくなったのか

今回コロナ禍で拡散した「トイレットペーパーがなくなる」というデマの結果として、実際に店頭からトイレットペーパーがなくなった。

日本経済新聞、東京大学およびデータ分析会社ホットリンクが合同で行った分析によると、騒動の発端となった「新型コロナの影響で中国から輸入できず、トイレットペーパーが品切れになる」というツイートは、2020年2月27日午前に投稿された。同分析では最初のツイートそのものは全く拡散していないことが明らかになっている。しかし、27日午後からデマを否定するツイートが急激に拡散し、27日夕方以降にはニュースサイトやテレビ番組がデマの拡散について取り上げ始めた。その結果、SNS上で情報はさらに拡散していった。翌28日にはデマを否定する投稿のリツイートは30万を突破していたそうだ。9)

つまり、【デマ投稿】⇒【デマ訂正の拡散】⇒【メディア報道】⇒【デマのさらなる拡散】という形で、拡散されたのである。デマの拡散にマスメディアが与えた影響も大きいだろう。

デマの否定は善意によるものだろう。しかし訂正情報をきっかけにデマを知り、「自分はデマを信じないけれど、デマを信じる人がいたらトイレットペーパーがなくなってしまうかもしれない」と考え、買ってしまった人もいたはずだ。また、実際にテレビ等のメディアやSNSで流れてきた「店頭からトイレットペーパーでなくなる画像や映像」を見て不安を感じ、ついには買いに走ってしまった人もいるのではないだろうか。

「公的機関の情報」がデマ拡散を止める

デマによる被害を食い止めるためには、どうしたらよいのか?2020年3月に米国で行われた調査では、新型コロナウイルス感染症に関連した情報を“誤っている”とSNS上で指摘したことがある人は23%を占めた。10)

医療や健康情報に関しては、公的専門機関等によるデマ訂正が特に効果的であるという研究結果がある。11) 東日本大震災時のSNS上のデマ拡散に関する研究においても、浦和市役所の公式アカウントを通じたデマ訂正情報が多く拡散されていた。8)

近年の米国の研究では、正しい情報源とともにSNS上でデマを訂正することで、誤った認識が減ることが明らかになっている。12) また研究者は、公的専門機関の情報を用いてデマ訂正を行うことが最も効果的であると述べている。10) 東日本大震災時のSNS上のデマ拡散に関する研究でも同様に、テレビ報道を伴わないSNS上のデマ拡散においては、正しい情報の投稿がデマを消滅させるために有効であったとされている。8)デマ訂正にあたっては、必ず公的専門機関による情報のURL等を記載することを心掛けてほしい。

デマやフェイクニュースは、社会情勢が不安定な時に拡散する。悪意はなくても、自社の従業員がデマ拡散に加担してしまうこともあるだろう。次からは、企業はどのように対策を行っていくべきか、具体的に説明したい。

後編 企業がいま取り入れたい、最新メディアリテラシー教育

(※本稿は、月刊人事労務2020年10月号への寄稿内容を一部改変し掲載しています。)

執筆者
岩谷 綾子

(株)ストーリーズ・オン 取締役
(株)ストーリーズ・オン・ヘルスケア マネージングディレクター
(一社)メディカルジャーナリズム勉強会 理事 兼 事務局長

東京外国語大学を経て、米テンプル大学卒業後、独立系PR会社に入社。製薬企業を始めとするヘルスケア関連企業、その他企業の製品広報、企業広報、危機管理等、多岐に亘る業務にてディレクターおよびマネージャーを務めた後、2018年より株式会社ストーリーズ・オンの創立メンバーとして立ち上げに参画。がん、感染症、免疫疾患、希少疾患等、様々な疾患領域における広報・PR戦略の策定および実施を多数経験している。

参考資料
1) 総務省「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」(2020)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000693280.pdf
2) 米子医療生活協同組合ホームページ(2020)
3) Allport, G. W. & Postman, L (1947):The psychology of rumor, New York: Henry Holt=南 博(訳)『デマの心理学』岩波書店(1952)
4) Kimmel, A. J. & Keefer, R. (1991). Psychological correlates of the transmission and acceptance of rumors about AIDS. Journal of Applied Social Psychology, 21(19),1608-1628.
5) デロイト トーマツ コンサルティング『1世紀で150万倍に増大した情報伝達力~情報の急速な伝染「インフォデミック」とは』(2020)  https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/articles/cbs/information-epidemic.html
6) Soroush Vosoughi, Deb Roy and Sinan Aral (2018):The spread of true and false news online. Science 359 (6380), 1146-1151
7) 竹中一平(2007) 『伝達形態別にみたうわさの伝達に影響する要因』日本学術振興会・筑波大学
8) 濱岡 豊, 菊森 真衣, 魏 敏, 林 艶葒, 朱 彦(2013):『東日本大震災時におけるTwitter上での流言の発生, 伝播, 消滅プロセスⅠ』, 慶應義塾大学出版, 三田学研究, Wol.55, No.6(2013.2), p.89-120
9) 日本経済新聞, 2020年4月5日「『デマ退治』」が不安増幅 買い占め騒動ツイッター分析」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57686970V00C20A4SHA000/?n_cid=DSREA001
10) Leticia Bode and Emily K. Vraga, The Washington Post, May 7, 2020, Americans are fighting coronavirus misinformation on social media
https://www.washingtonpost.com/politics/2020/05/07/americans-are-fighting-coronavirus-misinformation-social-media/
11) Leticia Bode and Emily K. Vraga (2018):See Something, Say Something: Correction of Global Health Misinformation on Social Media, Health Communication, 33:9,1131-1140, DOI: 10.1080/10410236.2017.1331312
12) Emily K. Vraga & Leticia Bode (2018) I do not believe you: how providing a source corrects health misperceptions across social media platforms, Information, Communication& Society, 21:10, 1337-1353, DOI: 10.1080/1369118X.2017.1313883